モーリス



恐らく、僕が同性愛という物の存在を知ったのは、
この映画の内容を耳にした時だと思う。
それから10何年、何十本もの同性愛映画を観た上でようやく見る機会を得た。
”モーリス”という映画は、まだ同性愛が犯罪であった1900年初頭、
イギリスケンブリッジ大学の寄宿舎から始まる。
そこに通うモーリスという青年がクライヴと言う同性愛者の青年と出会い、
初めての恋をし、そして、本当の愛に出会うまでを、
アイボリー監督がイギリスの美しい風景と共に丁寧に綴っていく。


映画の中で、同性愛は罪だとされる。
その罪により、一人の有名な男が捕まり、その事件が、
モーリスとクライヴの仲を引き裂いていくきっかけとなる。
同性愛は罪ではないし、もちろん、病気でもない。
男女が愛し合うのと同じく、相手を愛おしく思う気持ちだ。
そんな当然のことに、僕は改めて気付いた。
しかし、クライヴはそうは思えなかった。
肉体が交わると、汚(けが)れてしまう。
そんな台詞が途中にあったが、そこに愛がなければ、
それはヘテロの世界でも同じ。
当然の罪悪だ。
最後に心から愛する男と結ばれたモーリスにはその罪悪感はない。
肉体を交えることの嫌悪感もない。
そこにあるのは紛れもなく、相手を愛おしく思う気持ちだからだ。
逆に、同性愛という性癖を隠し、女性と結婚したクライヴの方に、
汚れや、罪悪を感じてしまう。
社会道徳の観念からすれば、クライヴの取った道の方が正しいのかも知れない。
しかし、人間として、本当に自分が愛する人を、
正直に愛すると言うことが、間違いになることはない。


問いかけられているのはLOVE IS REAL?
その愛は本物ですか?