
いや、もうねぇ、感服いたしました。尻尾までアンコっていうより、皮も全部アンコなんじゃなんじゃないか?ってくらい詰まりまくり。登場人物が増えまくってるし、エージェント・スミスも増えまくってるし(^^;アクションシーンは、一つとして、どーやって撮ったのか、想像もつかないようなシーンの連続。登場人物たちの性格の変化も凄まじく、1で認識していたキャラクターたちの性格が、ことごとく裏切られ、変化していきます。圧巻のカーチェイスシーンは、映画の中の一部に過ぎず、更に怒涛の展開へ突き進む。はぁ〜、マトリックスの真髄はそうだったのかぁ・・・と衝撃的事実が次々と発覚。はっきり言って、一回見ただけじゃあ情報が多すぎて追いつけません。全部分かってからもう一回見ないと、見落としてる事実があることにすら気付いてないのかも。革新的映画だった1から3年。その間、様々な亜流を生んだエポックメイキングなこの映画が、また新たな映像と表現の扉を開いた。さぁ、11月のレボリューションズは、一体どうなっていくのか。次でいよいよ完結。この壮大な物語は一体どのような結末を迎えるのか。リローデッドがここまで想像もしない展開を見せたのだから、恐らく誰も想像できないラストが待ち受けているのだろう・・・ |
ついにリンチはここまでたどり着いたのか・・・「イレイザーヘッド」「ブルーベルベット」「ツインピークス」「ロスト・ハイウェイ」ときて、リンチがたどり着いた形。これまでは、リンチの本能が赴くままに映画が作られてきた。それはしばしば観客を意味不明の世界へ強引に連れ去り、置き去りにしていた。しかし、この映画はまるで違う。リンチの理性が映画を包み込んでいる。これまでに噴出していた全ての感情が、見事にコントロールされている。目まぐるしく登場する人たちと、無造作でいて緻密に構成されたエピソードの数々が、砂時計の如く流れ落ちる。主人公が、青い箱を開け、中をのぞきこんだ瞬間、砂時計の上から下の世界へ落ち、全ての事象を下の世界から仰ぎ見る。血みどろになりながら追いかけてくる過去、煌くように過ぎ行く今、そして、マルホランドドライブの道の向こうに広がる闇の中の未来。感じるまま、感じるまま、ただ脳に組み込まれていく情報を、ただ感じるままに入力していき、そして最後に見えるのは・・・”お静かに”静かに落ち着いて、もう一度、全てを思い出して、そして、感じよ。リンチの狂った正気の産物を。 |
なんて言うか、もの凄い感動したんだけど、その感動を言葉にするのが非常にもどかしい映画だなぁ。これから始まると思っていた幸せな時間。しかし、そう思ったときが、実は一番幸せだったと気付いた。幸せな家庭、大事な人を守る生活、自分のことを思ってくれる人がいる場所。必ずしもそれが、本当に自分が望んでいる幸せじゃないとふと、思う。3人の時も場所も違う人生を送っている女性のたった一日の物語。しかし、この1日に、彼女たちの全ての人生が込められている。その1日を終えるとき、彼女たちは、そのままの自分で、違う人生が明日から始まることに気付く。本当の自分を発見した達成感と、それまでの自分を肯定しつつも捨て去る覚悟をした喪失感。そんな矛盾した感情が噴出するラストシーンは、見ているこちらにも同じような複雑な感情を想起させる。果たして今の自分は、この3人の女性たちと、何処が違うのだろうか?と。過去の幸せだった時間、今の幸せな時間、これから訪れる幸せな時間。果たして、彼女たちのどの時間に、自分の時間が当てはまるのか。本当に自分が望んでいる幸せな時間を、過ごしたことがあったのか?それとも、過ごしたことがなかったのか?答えを出すのが、非常に怖い自問自答が次々と浮かんできた。しかし、僕にはその答えを出すことはできない。なぜなら、答えを出すという事は、今の自分を、肯定か否定そのどちらかを選択することだからだ。今の自分には、今の自分の幸せを否定することなんて出来ないし、でも、もし否定したとしたら、今の自分の幸せが全て消えてしまうということだ。ヴァージニア・ウルフは、自らの小説でその問いにたどり着き、ローラ・ブラウンは、その小説を読み、自らの生活に答えを出し、クラリッサ・ヴォーンは、その小説の主人公と同じ運命を辿る。今日が終われば明日が来る。そんな当然のことを当然と思わなくなった時、一日を生きるという事の素晴らしさを知る。それは、本当の自分を知ることであり、それを知らずに本当の一日を生きることは出来ない。この一日が終わったとき、それは3人の時間がめぐり合ったとき。彼女たちは昨日までとは違う自分を生きる覚悟をしたんだろう。 |
