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ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ



”人間は元来、2組の手足、神の頭部を模倣した2つの顔をもつ、2対の身体がひとつになった生き物だった。しかし、神は力をつけた人々を恐れ、地上に稲妻を放ち、繋がっていた人々の身体を二つに引き裂いた。そして、人間は淋しい二本足の生き物となってしまう。以来、自分の失われた"カタワレ(the other half)"を求めてさまよい、 そして出会ったときに芽生える感情、それが「愛」なのだ。”
ヘドウィグが歌う"愛の起源"という曲。映画を通して描かれるのは、ヘドウィグが"失われた半身"を求めてさまよう姿。そのために彼女は、男性のシンボルを切り落とし(しかし手術は失敗"怒りの1インチ"が股間に残されてしまう)、裏切り、差別、辱め・・・その他あらゆる不幸を背負い続ける。しかし、彼女は歌い続けた。自分の失われた半身を見つけることが、彼女が彼女であるために何より必要だと思ったから。
ああ、でもその生き方をこうやって赤裸々に見せられると、とても辛い。その辛さは、とても言葉になんてできない。彼女の生き様は"かわいそう"とか、"勇気が出る"とか、そんな陳腐な言葉で言い表せるモンじゃない。 そこにあるのは、ヘドウィグという人間そのものであり、その歌声は、彼女の心そのものであり、その言葉は、彼女の魂から出来ているからだ。人は、自分の傷つきやすい心を守るために、幾重にもベールをまとう。しかし、ヘドウィグは、そのベールが何もない。確かに外見は派手なメイクと、金髪のウィッグで、飾り立ててはいるけれど、そこから発せられるのは、紛れもない裸の感情。
嘆き、悲しみ、苦しみ、こんなに背負ったら普通の人は"助けて"と叫んで壊れてしまうかもしれない。でも、ヘドウィグはその叫び声は全て歌になった。助けてくれなんて一言も言わないけれど、その声はいるはずもない神に救いを求め、失われたかどうかも分からない半身を求め続けている。
そして彼女は全てを脱ぎ捨てる。裸の心と体で、自分の半身を取り戻す。しかし、一度分かたれた半身は、 決して一つには戻れなかった。それでも、彼女は救われる。一つには戻れなかったけれど、それは確かに彼女の半身だったからだ。そして彼女はまた歌い始める。出会えた幸せと、一つになれなかった悲しみと共に。