フランケンシュタイン



何て重厚で、絶望的な映画なんだろうか・・・
様々な感情の行き交う姿は、残酷さとか、怖さとかを取り越していて、
底の見えない絶望を醸し出していて、途轍もなく辛い。

デ・ニーロのクリーチャーは、素晴らしいのだが、余りにクリエイトしすぎなのか、
かえってモンスター然としなかった。それが、人間の殺人鬼のように見えてしまい、
作られた物の哀しみを、見た目からは得ることができなかったな。
ケネス・ブラナーのフランケンシュタイン博士は、踏ん張りすぎ。
一人、舞台劇をやっているような演技に見えてしまう。
ヘレナ・ボナム・カーターの花嫁は、作られた命の哀しさを最も良く現していたと思う。

フランケンシュタインと彼の作ったクリーチャーは、一人の人間の裏表だ。
どちらが裏で、どちらが表ということではなく、お互いが、同じ欠片を探し求めていると言っていい。
クリーチャーが、愛や友達を求めてさまようのは、失われた欠片を追い求めていたのだ。
彼の体は、何人もの死体のパーツから成り立っている。
そのパーツごとの記憶が、新しい記憶を作り出している。
自分は何者でもない。自分を示す名前もない。
クリーチャーは、存在すべき命ではない。彼の失われた欠片は、愛情や友情ではない。
ただ、フランケンシュタイン博士によって作られた、あるはずのない命。
フランケンシュタイン博士が失った欠片は、命の尊厳。
クリーチャーは、それさえも、初めから持っていなかった。

”なぜ、作った”

彼の存在する理由なんて、無い。
作り出された理由さえないんだ。


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