いろいろな道

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お札な通り

お札のデザインが変わるのは20年ぶりとか、そこで新しいお札が発行されたのにちなみ、人名の道から関連の道を紹介します。

福沢通り
大分県中津市
慶応義塾の創設者である福沢諭吉の旧宅近くの道が福沢通りである。旧宅に隣接して福沢記念館がある。
1歳6か月の時に父と死別した諭吉は、母子6人で郷里の中津に帰り、長崎に遊学する19歳までの青少年期を中津で過ごした。
わら葺平屋建ての母屋と土蔵が昔のままに残されている。記念館には「学問のすすめ」の原本や関連資料が展示されている。


■福沢諭吉誕生地碑 大阪府福島1-1
 中津藩大坂蔵屋敷(旧阪大病院跡)で生まれた。
■善福寺 福沢諭吉翁の墓 元麻布 1-6-21   

福沢諭吉

(1835〜1901)
思想家、教育家。大阪生まれ。
豊前中津藩士。緒方洪庵に大阪で蘭学を学ぶ。江戸に蘭学塾を開設。これが後の慶應義塾(下の写真)となる。

一葉のみち

樋口一葉

(1872〜1896)
小説家。本名、奈津。東京生れ。半井(なからい)桃水に師事、のちに「文学界」同人と親交。作「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などがある。
山梨県塩山市
「一葉のみち」は山梨の塩山市にあるもので青梅街道の南側をほぼ平行に走る県道201号線がそれに当たる。塩山駅を北東に進む県道201号線と新しい国道411号線(青梅街道)との交差点から「一葉のみち」は始まる。途中、「一葉のみち」の標識が何本か立てられている。大藤小を越え右側の細い道を入ったところに慈雲寺がありその境内に樋口一葉女史の碑がある。一葉と塩山の関係は直接のものでは無く彼女の両親の出身地と言う縁で命名されている。彼女自身は東京の内幸町で生まれている。

菊坂一葉の道

菊坂 一葉旧宅 路地の奥
明治23年(1890)9月一葉は母妹と共に旧菊坂町70番地に、そして明治25年(1892)5月には菊坂町69番地に移り住んだ。一葉はここで半井桃水に師事、「文学界」の同人と交流しており一葉文学発祥の地といえる。
一葉旧宅からゆかりの伊勢屋質店までの菊坂下道が地元で「一葉の道」と呼ばれている。一葉が伊勢屋に通った道である。
■一葉記念館「たけくらべ」の舞台となった竜泉寺町にたてられている。
■一葉記念公園 一葉女史たけくらべ記念碑
■一葉旧居跡 「一葉旧居跡碑
■樋口一葉終焉の地
終焉の地である丸山福山町に居を移したのは明治27年(1894)5月であった。現文京区西片1-17-8
ここで「たけくらべ」「にごりえ」が書かれている。

野口英世青春通り


上野公園にて

野口英世

(1876〜1928)
細菌学者。福島生まれで幼名は清作。伝染病研究所に入り北里柴三郎に師事。1900年渡米しロックフェラー医学研究所などで蛇毒や梅毒スピロヘータを研究し数々の業績をあげる。アフリカのガーナで黄熱病を研究中自ら感染し昭和3年51歳の若さで亡くなった
関連施設
■野口英世記念会館
 東京都新宿区大京町26番地
 野口博士資料展示室がある。 無料
■野口英世記念館
 福島県耶麻郡猪苗代町三城潟
■野口英世銅像
 東京都台東区 上野公園
野口英世青春通りは福島県の会津若松市にある通りで野口英世が青春時代を過ごした町としてそれを記念して出来た通り名である。しかし、このようにユニークな通り名は他ではちょっとお目にかかれないものである。

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