いろいろな道

街道古道廃道道

名のある通り 異人のみち

コロンバス通り

群馬県桐生市
桐生市はアメリカのコロンバス市と姉妹都市の関係にありこの事から名付けられている。コロンバスはコロンブスが由来となっている地名である。

コロンビア通り

東京都港区
コロンビア通りは通りの中程に音楽関係の会社である「日本コロンビア」があることからきている。コロンビアはコロンブスが由来で有ることからここでは登載しいる
コロンブスと日本コロンビアの関係は不明です。

ワシントン通り

宮崎県宮崎市
熊本市のワシントン通りと同じくワシントンホテルがある事から命名されている。

ペリーロード

静岡県下田市
ペリーロードは伊豆半島先端の下田市にあるもので、ペリーが上陸した港から了仙寺までの平滑川沿いの道である。勿論ペリーとは幕末に日本を開国させたペリー提督の事である。

ピタゴラス通り

東京都立川市
この通りは現在伊勢丹の東側の北口と緑川通りを結ぶ南北に通じる道を指しているが区画整理前のピタゴラス通りは一本道ではなく、丸井西側入り口のもう一本西側にあった道に通じていた。本来のピタゴラス通りの北半分は消滅している。

関帝廟通り

神奈川県横浜市
横浜中華街の中に三国志で有名な関羽を祀っている関帝廟がある。その前の通りが関帝廟通りである。直接関羽の名がある通りでは無いが名前に関連するという事でリストに載せている。

関帝廟通り

関羽像

ザビエル通り

鹿児島県鹿児島市
ザビエル記念碑のあるザビエル公園に接する市道が通称ザビエル通りである。日本に初めてキリスト教を伝えたイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが、鹿児島に来たのは天文18年(1549)の事であった。

フロイス通り

長崎県長崎市
万才町の興善町方向250メートルの通りがフロイス通りである。
ルイス・フロイス(1532〜1597)ポルトガルのイエズス会宣教師。布教のかたわら「日本史」を著し、長崎で没した。


写真は長崎県西海町横瀬浦公園のルイス・フロイス像

八重洲通り

京都中央区
東京駅の東方向に進む道が八重洲通り。
八重洲とはヤン‐ヨーステンに因む八重洲河岸があったことから。
ヤン‐ヨーステン( ? 〜1623)オランダの船員、貿易家。リーフデ号でアダムスとともに慶長5年(1600)豊後に漂着。家康に仕え、江戸の八重洲河岸に居住する。日本名は耶揚子。

ヤン・ヨーステンのレリーフ

八重洲通り

按針通り

 東京都中央区
三越の向かい側の一角に按針通りは存在する。按針とはヤン‐ヨーステンと同じく江戸時代初め外交顧問として家康に仕えたイギリス人ウィリアム・アダムスの事である。彼は相模国三浦郡逸見の地に250石の所領を授かり三浦按針と名乗った。ここは按針の江戸での屋敷があったところである。また、昭和初めまでは按針町の町名でもあった。現在は室町1丁目、本町1丁目となっている。

按針通り

三浦按針屋敷跡の碑

シボルト通り

長崎県長崎市
新大工町から鳴滝塾のあった鳴滝2丁目までの市道1000メートルがシーボルト通りであるが地図上のルートは推測で書き入れている。
シーボルト(1796〜1866)ドイツの医学者・博物学者。オランダ商館の医員として長崎に着任。鳴滝塾で医学を教え日本の西洋医学発展に影響を与えた。シーボルト事件により追放されたがのち再来日し幕府の外事顧問を勤めた。

左の胸像は東京中央区明石町の公園に建てられているものである。ここが江戸蘭学発祥の地である事から彼の功績を讃えるため建てられた。シーボルトは出島の商館長と共に江戸に来た際、日本橋の長崎屋に宿泊し、江戸の蘭学者を面接指導し江戸蘭学発展のために貢献した。

グラバー通り

長崎県長崎市
グラバー園下のみちがグラバー通りであるが基点終点は推測による。
ここには幕末に来日した英国商人トーマス・グラーバーの邸宅であるグラバー邸がある。これは日本最初の洋風住宅でもある。

ワシントン通り

熊本県熊本市
ワシントン通りは人名というよりホテル名に由来する通りであるがワシントンホテルがどこかでジョージ・ワシントンにつながるのではないかとリストアップしている。おそらく直接的にはアメリカの首都ワシントンに関係しているのではないかと想像している。そして首都ワシントンはジョージ・ワシントンにちなんでいるのは言うまでもない。少し苦しいですね。

ペリー通り

神奈川県横須賀市
ペリーが上陸した久里浜の海沿いの通りがペリー通りと呼ばれている。港前のペリー公園にはペリー上陸記念碑、ペリー記念館がある。
ペリー(1794〜1858)米国海軍軍人。嘉永6年(1853)日本に開国を求め軍艦4隻を率いて浦賀に来航。翌年再来航し、日米和親条約を締結した。
なお下田にはペリーロードがあ
る。

ペリー通り

ペリー像

ハリスの小径

静岡県下田市
最初の米国総領事館が開設された玉泉寺近くの海岸沿いの遊歩道でハリスの小径と名付けられている。
タウンゼント・ハリス(1804〜1878)米国外交官。初代駐日総領事として下田に赴任。日米修好通商条約を締結。

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