一茶通り
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長野県上水内郡信濃町
信越本線黒姫駅から一茶記念館のある小丸山公園までの道を一茶通りという。小丸山公園には一茶記念館、一茶の墓、句碑がある。また近くには俳諧寺、一茶旧宅などがある。
小林一茶(1763〜1827) 江戸後期の俳人。名は弥太郎、信濃柏原の人。一五歳で江戸へ出、俳諧を二六庵竹阿に学んだ。晩年は郷里で逆境のうちに没す。作品には「おらが春」など。
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山頭火通り
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山口県山口市湯田温泉
湯田温泉にある中原中也記念館の東側の通りが山頭火通りである。山頭火は大正15年から九州、中国、四国などを行乞行脚した。のちに庵住を始め、昭和13年には湯田温泉へ転居。風来居と名付けられた庵を拠点に、山口の街をよく歩いたという。山頭火は温泉好きで当時湯田温泉にあった千人風呂に入っている。ホテル松政は千人風呂の跡地である。 |
山頭火の小径
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山口県防府市
山頭火が小学生の時に通った生家前の道は、山頭火の小径と呼ばれている。
種田山頭火(1882〜1940) 俳人。本名、正一。山口県防府生れ。早大中退。荻原井泉水に師事。生家破産後出家して全国を漂泊、自由律の句を詠む。句集「草木塔」など。 |
山頭火の小径
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兵庫県加古川市
加古川市立少年自然の家の施設内にある遊歩道「アドベンチャーコース」添いにある長さ約六百メートルの散策路で「山頭火の小径(みち)」と命名されている。道脇には五十四基の木彫の山頭火の句碑が置かれている。なお、この みち は普段一般公開されていない。 |
(山頭火のみち)
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香川県さぬき市長尾
長尾町内を中心として近隣には山頭火の句碑が多数あり「山頭火のみち」としてしられている。この道は一本の道に名付けられたものでは無く多数の句碑が点となり一つにつながる事から言われているようである。
平成4年9月に建てた句碑。大窪寺阿弥陀堂前 「ここが打留の水があふれてゐる」。 昭和14年10月、実際に同寺で詠んだ句。 |